こんにちは!ISETANIです!
元小中学校教員。
小学校で9年、中学校(国語)で3年。
義務教育は小1以外すべて経験済み。
特別支援学級の担任もあり。
学年主任・研究主任・児童会・生徒会なども担当してきました。
10年目までは、「教員であること」が自分のアイデンティティでした。
授業をどう工夫するか、どうすれば子どもたちの力が伸びるか。
そんなことを考えるのが、毎日の楽しみ。
土日も授業準備。
でも、全然苦じゃなかった。
むしろ楽しくて、他の仕事なんて考えたこともなかった。
もちろん、しんどいこともありましたが…。
2023年、娘が生まれました。
2週間ほど育休をとることに。
でも、その間も学校から連絡がありました。
「今日はこれを進めました」
「次は何をしたらいい?」
復帰後に困らないように…という親切心。
ありがたかったです。
でも、どこかで引っかかっていました。
「自分、家族にちゃんと心向いてる?」
そんな自分が少し、嫌になっていました。
復帰後の生活は、なかなか過酷でした。
娘が寝ている時間に出勤。
帰ったときには、もう娘は寝ている…
「平日、娘の起きてる顔、見てないぞ…?」
そう気づいたとき、ふとこんな感情が湧きました。
「なんで、自分の子も見られないのに、他人の子の面倒を…?」
(教員としてはちょっとヤバい発言かも?笑)
でも、それがきっかけで、
仕事に対する疑問が少しずつ芽生えていきました。
・頑張る人ほど損をする現場
・年功序列、頑張っても評価されにくい
・管理職?なりたくない!(と思ってしまった)
やることはちゃんとやりたい自分。
でも、「頑張っても損かも…」と感じてしまった。
もちろん、子どもたちの成長を見るのは大きなやりがいでした。
でも、自分の家庭を犠牲にしてまで続けるべきか?
そう思うようになりました。
そして、娘が生まれた翌年度、決めました。
「あと2〜3年、全力でやりきって辞めよう。」
…でも、物事はそううまくは進まず。
続きます。
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